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第9回 対談ブログ 南極料理人・西村淳さん

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今回のゲストは映画「南極料理人」で大人気となった西村淳さんです。
海上保安庁で活躍され今や北海道や本州でもひっぱりだこの西村さん。
その素敵な素顔をご紹介しましょう。


・料理を教えてくれた祖母への感謝

・産気づいた妊婦さんを搬送中にハプニング!20歳で赤ちゃんを取り上げた???

・映画の撮影エピソード あの肉は・・・・?


協賛してくださったのは、札幌パークホテルの四川料理「桃源郷」さんです。
今回は個室を借りることができるプランをご紹介。
3150円の豪華なおいしいランチと共に。







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(おかみ)西村さん、今日はざっくばらんにいろいろお聞きいたします。
     よろしくお願いいたします。
     まず、生まれはどちらですか?
(西村)生まれは留萌市です。留萌観光大使もやっています。
(おかみ)西村さんのご両親は何をされていたのでしょうか?
(西村)親父は保健所の仕事をしていましたね、野球が好きな父でした。
    プロ野球の選手になりたかったみたいですわ。
    父はいつも言っていましたよ「人間は才能じゃなくて努力だ」とね。

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桃麗昼華コース・前菜色々盛り合わせ

'''料理との出会い'''
(おかみ)西村さんのおばあさまは、料理が好きだったそうですね。
(西村)ああ、そうそう。
   料理の好きなばあさんで。
   俺は小さい頃、ばあさんとふたりで暮らしていたことがあってね。
   ばあさんは利尻島の網元の娘で、じいさまは船大工だった。
   さすが漁師の娘で魚料理が得意でしたよ。飯寿司もよく作っていたなぁ。
   幼い私に「魚をさばいてごらん」と言って包丁を持たせてくれた。
   今は珍しい「マキリ小刀」を腰に差して幼稚園に行きましたよ(笑)。
   別に危ないことはなくて鉛筆を削るためでした。
   今でも覚えている奥野先生という教師が、小刀の扱い方を園児に教えてくれたんだ。
   昔は、小さい頃から危険とは何かを教えられ、生きるための教育がされていたんだよね。



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桃麗昼華コース・牛肉とじゃがいもの牡蠣ソース炒め

'''探求心の芽生え'''
(おかみ)おばあさまとの想い出は?
(西村)当時、小さな洋食の食堂があってね。ばあさんと行った時のこと。
   隣に座ったお客が「赤いごはん」を食べていてね。
   「ばあさん、あれ何?」と聞いたら、
   「・・・たぶん、イクラだろ。」と言ってた。
   それは実はチキンライスだった(笑)。
   ばあさんの頭の中は魚料理でいっぱいだったんだろうね(笑)。

   黒い塊を見て「あれは味噌だ」と言っていたのはハンバーグだったし(笑)。
   スゴイのはね、家に帰ってから食べた料理を再現していたんだよ。
   俺とばあさんと二人でさ(笑)。

   俺は味の分析官になって、やれ玉ねぎだとか人参も入ってるとか(笑)。
   いろいろやってみたことが今につながっていますね。

(おかみ)それで西村さんの味覚が完成したのですね。西村さん自身も楽しかったでしょうね。
(西村)今思えば、ばあさんは良いインストラクターでしたね(笑)。
   83歳で亡くなりましたが、やっぱり海の人だった。
   引っ越しで海から離れた途端にどんどん弱くなっていって。
   すごい人でしたよ、日本海とオホーツクは海の匂いが違うって言ってましたからね。

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'''祖母から教わった大切なこと'''
(おかみ)おばあさまに教わったことは何でしたか?
(西村)ばあさんはいつも言っていました。「失敗しても何ともないさ」と。
    何を失敗してもなんとも思わないのは、ばあさんのおかげだな。
    「なんも、なんも」という北海道の方言、これはいい言葉ですね。
(おかみ)西村さんが常に前向きなのは、おばあさんのおかげですね。
(西村)ネガティブになったことは一回もないからね(笑)。




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桃麗昼華コース・海老のチリソース煮



'''海上保安庁時代の衝撃のエピソード・出産'''
(西村)20歳のころかな。
    産気づいた女性の出産に立ち会うことになり、赤ちゃんをとりあげたことがあります(笑)
(おかみ)西村さんが新生児を取り上げたということですか?
(西村)ある日、妊娠中毒症になった女性を病院に搬送することになったのです。
   利尻島から稚内まで船で送り届ける途中で妊婦さんが破水してしまって大騒ぎ。
   海は大荒れで、病院まで間に合わないということになって・・・・・
(おかみ)ま、まさか・・・・
(西村)そのまさかですよ(笑)
   無線で医師が言った言葉は「指示をするから君がやれ」。
   俺は若干20歳の若造(笑)、しかも30人はいるはずの先輩達はどこかに逃げてしまって(笑)。
   こうなりゃ俺がやらないといけない(笑)。
   これは覚悟するしかないと思ったね。




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桃麗昼華コース・ブロッコリーのクリーム煮


'''使ったのは刺身包丁'''
(おかみ)ナースはいなかったのですか?
(西村)付き添いのナースは、船酔いで具合が悪くなってしまったんだよ。
   海の揺れがひどくて、ナースが一枚ずつ服を脱いでいくんです(笑)。
   ストッキング脱いで制服も脱いで(笑)。かなりの船酔い倒れちゃって。
(おかみ)それは別な意味で面白いですが、かなり具合が悪かったのでしょうね(笑)。


(西村)赤ちゃんが必至で出ようとするんだけど、医者が「押さえろ」っていうんだよ(笑)。
   医者が「赤ちゃんは、出てきたら泣くから」と言っていたけど、
   赤ちゃんは出る前から元気に泣いていたよ(笑)。
   医者が「鋭利な刃物でへその緒を切れ」と言うので、何を使って切ったらいいか
   考えていたら、急に先輩が現れて刺身包丁を差し出して「消毒してあるから・・・・」って(笑)。
(おかみ)感動しつつも笑えます(お腹をかかえて笑うスタッフ一同)
(西村)産まれたのは女の子だったよ。
(おかみ)そのお母さんも赤ちゃんも感謝していますね、きっと。
(西村)一度会いに来てくれたんだけど、恥ずかしかったなお互いに(笑)。



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桃麗昼華コース・貝柱と卵白入り寒天スープ

'''南極料理人の映画ができるまで'''
(おかみ)大ヒットした映画「南極料理人」についてですが、オファーはどのような経緯で?
(西村)まず、椎名誠さんが著書のなかで「南極ぶっ壊れ話」を書いてくれたことが
   キッカケとなり、新潮社の編集者三室洋子さんが文庫本にしてくれたのです。
   南極料理人が文庫本として発売されたとき、俺は仕事で尖閣諸島へ行っていました。
   1か月後に帰ってきたら、世界が明らかに変わっていたんです。
   発売1か月で9刷になっていて驚いたとともに嬉しかったですね。
   それからまもなく、松竹の映画プロデューサーとの縁で映画化の話になりました。



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桃麗昼華コース・雪菜炒飯

'''映画の肉たいまつのシーン'''
(おかみ)映画の中で、塊肉が焼けなくて火を点けてタイマツにしていましたよね?
    発想が面白くて感動しました
(西村)あれは面白いでしょ (笑)。
    まず、塊肉に塩コショウしてガーリックにオリーブオイルを塗ります。
    それからアルミホイルで包んで、「文化たきつけ」を針金で付けて
    火を付けたんですよ。
    映画では文化たきつけを付けなかったけれどね。
(おかみ)あの、北海道では定番の文化たきつけですか。
(西村)そうそう。文化たきつけは北海道にしか売っていない着火剤です。
    北海道民なら誰もが知っているけれど本州の住民は知らないよね。
    文化たきつけステーキ、すごく燃えましたよ(笑)。
(おかみ)あの肉タイマツのシーンがすごく面白くて、みんな楽しそうで印象的でした。
(西村)南極だからできる料理法だね(笑)




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桃麗昼華コース・白玉団子のお汁粉


'''涙とわらいと感動の講演会'''
(おかみ)西村さんの講演会はいつも大人気で、満員御礼ですよね(笑)
    わたしもダイジェスト版を聞かせていただいたとき、笑ったり泣いたり(笑)。
(西村)講演会はひとつのショーだと思っています。
    来てくれたひとに喜んでもらうことが何より大事なことだと思うんですよ。
(おかみ)何度かお仕事などをご一緒させていただいて、
    西村さんに損得勘定があまり無いということに驚きます。
    人とのふれあいや絆を大切にしていると感じます。
(西村)もちろんお金も大切。
    だけどそこにこだわりすぎると良い仕事はできない。
    やっぱり人は心だよね。
    あとの残された人生、楽しく生きていきたいからね。
(おかみ)よいお話が聞けました。
    今回は本当にありがとうございました。
(西村)こちらこそ、ありがとうございました。



西村淳プロフィール
1952年5月15日北海道留萌生まれ。日本の料理人、タレント、著作家。
海上保安官として南極地域観測隊に参加。
映画「南極料理人」が話題に。料理人として著書多数。講演会などを行い全国で活躍中。



西村淳オーロラキッチンのホームページはこちら

札幌パークホテル四川料理「桃源郷」ホームページはこちら








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井出美香



札幌すすきので寿司屋をしています。北海道岩内生まれ。若き頃は東京青山にてキャラクターデザインの仕事に就くも惚れた男は寿司職人!畑ちがいとも言える寿司屋に嫁いで29年。平成22年7月に乳ガンが分かり公表。お店にて女将として奮闘する日々。ブログ開設15年。

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